紫禁城の島。

「こんどの休みに、メキシコの無人島に行こうと思うんだけど、一緒に来る?」

彼女はビックリしたような顔をしてみせたけど、たぶん実はあまり驚いてなかった。私の勝手な思いつきで
引きずりまわされるのには、そこそこ慣れていたんでしょう。
綺麗なビーチもあるし、メシもうまいし・・・とかなんとか言いながら、その日のうちに航空券と、
とりあえず初日の宿だけおさえて、翌週には出発したんだっけな。

思いつきを即座に実行に移す、というのにはなかなかエネルギーがいります。あと、愚かさも。
そういった場合、年を経て身につく分別みたいなものはジャマになるだけです。
このとき私の手元にあった情報は、かつて「シャボテン誌」で読んだ、その植物の故郷が、
メキシコ・カリフォルニア湾に浮かぶセラルボ島(Isla Cerralvo)という無人島であるという、こと。
それと、これもどこかで読んだのですが、まずはバハ半島の小さな漁村・サルヘント(El Sargento)を訪ねて、
そこで漁師に船を頼めば島に渡してくれる、云々。
今なら、こんな旅をする前には念入りに色々と調べて、得られる体験とリスクや費用を天秤にかけるでしょう。
でも、当時はそんなやり方はどうにも無粋に思えました。もっとも、その後の私は、そんな行きあたりばったりの
旅をするような自由を、知らないうちに手放してしまいましたが。



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             Ferocactus diguetii in habitat (Isla Cerralvo)


フェロカクタスで最も巨大になるサボテン・紫禁城(Ferocactus diguetii)。
空色がかった肌に黄金色の刺が映える、美しく有名な植物ですが、かつてはまず手に入らない稀種でした。
いっとき、花の咲くサイズの野生株がまとまって輸入されたときは、羨望の思いでカタログを繰ったものです。
でも、このサボテンが何より私を惹きつけたのは、遙かな絶海の孤島にしか生えていない、という事実でした。
シャボテン誌を読んで以来、どれか一種類のサボテンに会いに行くなら、これだ、と前々から思っていたのです。

メキシコ入りして、まず降り立ったのは、カボ・サンルーカス(Cabo San Lucas)という町。
ここは観光地で居心地が悪いので、すぐにレンタカーを借りて出発です。給油口の蓋もついていない、ベコベコの
ポンコツでしたが、その方が気分が出ます。町を出ればすぐにサボテンの林で、真っ白に乾いた砂礫の平原が眩しい。
武倫柱(pachycereus pringlei)や、土人の櫛柱(Pachycereus pecten-aboriginum)が立ちならぶ
埃だらけの道を東へ。目指すはラパス(LaPaz)という港町で、そこからサルヘントはもう直ぐそこです。
しかし、当時のことでGPSナビなどありませんから、銃痕がたくさんついた標識だけが頼り。
途中からは幹線を外れ、ダートなのか舗装路なのかわかない道をガタゴト走ってゆきます。
ようやく着いたサルヘントは、町や村と言うより、集落と呼んだ方が良いようなところ。
でも、砂浜には、船外機つきボートみたいなのが何艘か並んでいて、なにするでもなく座ってタバコを
ふかしている漁師らしい兄さんたちがいました。

「クイエロ、イル、イスラ・セラルボ・・・あ~ビスナガ、ビスナガ、あ~グランデ、グランデ」
ビスナガとは、サボテンのことです。巨きなサボテンがある島に行きたい旨、片言のスペイン語で伝えると、
「シー、シー」、
と頷いてくれる。思いのほか話が早い。サボテンを見るために島にわたる人が、たまにいるんでしょうか。
20ドルかそのくらい手渡して、残りは戻ってから、と伝えると、すぐさまボートを出してくれました。

セラルボ島は、半島側からもそう遠くない距離に見えていましたが、それでもボートで30分くらいはかかったかな。
カリフォルニア湾の海の色は、深い深い青です。やがて、武倫柱らしき柱サボテンで針山のように見える島が
近づいて来ました。さらに接近すると、柱サボテンのなかでも、際立って太いものがあります。
実は、それこそが目指す紫禁城でした。



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メキシコ漁師は、私と彼女を砂浜に降ろすと、「後でまた来るから」とか、おそらくそんなことを言い残して
あっというまに群青色の海に消えていきました。ホントに戻って来るんだろうな・・・急速に不安がこみ上げてきましたが、
目の前には憧れのサボテン。心配は後回しにして、彼らに対面するため、斜面をよじ登っていきました。
巨大な紫禁城から順繰りに訪ねて山の斜面をあっちこっちと歩き回る。高さ2m以上ある巨大な株もあって、
そういうのは下の方が重さでたわんで段がついている。刺サボテンというより、極太の柱サボテンです。
大球のほか、実生小苗も見つかりますが、15-20cmほどの中球がほとんどないのは、船着き場に近いこのあたりの
手頃な株は、業者などがあらかた持ち去ったからでしょう。
それにしても、2m超の巨大株はいったい何年生きてきたのか。黄金の刺が青一色の空と海を背景に輝いていました。
「偉大な」という言葉がふさわしい植物だと、心底感じ入ったのを憶えています。



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写真を撮って、沢山みのった果実からタネを拾い集め、また写真を撮って・・・と過ごすうちに、あっというまに
1時間あまりが過ぎていました。気がつくと、全身汗びっしょりです。島は、おそろしく蒸し暑いのです。
岩陰に腰掛けて私のことを眺めていた彼女を誘って、誰もいない海に飛び込みました。青いガラスみたいに透き通った海。
水着がないので、服はぜんぶ脱ぎましたが、完全にプライベートビーチ状態なので、問題なし。そのほうが自然。
寒流域ゆえ水は案外冷たかったけど、火照った身体には最高でした。お約束の水かけっこもしたっけな。
ひとしきり遊んで陸にあがり身体を休めていると、エンジン音が聞こえてきて、やがて島影からボートが現れました。
もしかしたら、どこかで遠慮がちに様子を見ていたのかも知れません。疑って悪かったね。
帰りのボートで漁師の兄さん、楽しそうにずーっとスペイン語でなにか喋っていました。
私は殆ど理解できないまま、「シー、シー」と繰り返すばかりでしたが。



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こうして記憶を辿りながら書くと、ついこの間のことのようですが、これももう、20年もむかしの話。
どういう訳か、植物の写真以外は残ってません。ラパスの町の喧噪や、愛想の良い漁師の兄さんと撮った記念写真・・・・
色々あった筈なんだけど、誰かが捨てちゃったのかな。
紫禁城の島、誰もいない海で一緒に泳いだ彼女は、今どうしていることか。たくさん笑って、暮らしているか。

今も私のそばにいる紫禁城。そのときのタネから育てた苗ですが、まだこのサイズにしかなってません。
この子らは、最初の実生を失敗でダメにし、5、6年あとに蒔いた2期目の実生ではありますが、それにしても
成長はごくゆっくりです。巨人のようなあの姿になるまでには気が遠くなるほどの歳月が経っているんでしょう。
我らの人生たかが数十年など、夢の間に過ぎないのですね。



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来週は、もろもろ忙しく、更新をお休みしますm(_ _)m。



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