マウガニーと「中立説」
今年はなかなか冷え込みの厳しい冬でした。私の田舎の栽培場では、最低温度氷点下4度(無加温ハウス内)を記録しましたが、幸い熱帯産アロエの一部が溶けたくらいで、主力のサボテンやメセンに被害はありませんでした。ここからは暖かくなっていくと期待して、昨日は二重張りをはずしサイドを僅か巻き上げて外の風が入るようにしました。コノフィツムはこれから徐々に休眠に入っていきますが、真っ赤に染まったマウガニーが綺麗だったので、何枚か写真に撮りました。

マウガニー(Conophytum maughanii)は、私にとって多肉界で最も惹かれるもののひとつで、もう四半世紀くらいのつきあいになります。コノフィツムの栽培をはじめて最初に種を蒔いたものですが、その後いろいろな種を集めても、結局いちばん好きかもしれません。ブルゲリとならんで、シンプルそのものの造形。透きとおったジュレのようなみずみずしさ。そしてグリーン、オレンジ、赤から紫と、鮮やかな色彩。やわらかな球体は、ときに指先で押してみたくなります。


C.maughanii ssp.maughanii PV201(Eksteenfontein)
本種はかつてはオフタルモフィルム属(Ophthalmophyllum)に置かれていましたが、S.Hammerがコノフィツムに移しました。たぶん人名に由来する学名なので、モーガ二―と呼ぶのが正しいと思いますが、長年この名前に親しんでいるのでそのままにしておきます。自生地は南アフリカのケープ北部で、比較的広い範囲に分布しています。このため色々なタイプがあり、基本種のほかアルメニアクム(C.maughanii ssp.armeniacum)、ラツム(C.maughanii ssp.latum )が亜種として認められています。上の写真は「PV201」というフィールドナンバーが与えられたタイプで、Petr Pavelka氏がEksteenfonteinで採取したものとされています。写真を見るとわかるように、赤と緑の個体が混在するのがとても面白いものです。



Red and green match well
この産地のマウガニーは、初秋の生育初期はだいたい同じような緑色をしています(最初から赤くなる産地もある)。12月ころから色づきはじめ、赤い個体は厳冬期には熟した葡萄のように色づきます。一方で緑のタイプはまったく色づきません。私のところではこのフィールドナンバーの植物を継代繁殖していますが、同じバッチの種子から赤い個体と緑の個体が両方出現し、赤からの種子も緑からの種子も、ほぼ同じように両方の色が出現します。これは自生地でも同じだそうです。我々は植物の顕著で面白い特徴を目にしたとき、それらはすべて環境に適応した結果で必然であると考えがちですが、実際にはそうでないものが沢山あると言います。マウガニーの色彩に関して言えば、赤でも緑でも環境適応とは必ずしも密接に結びついていないように見えます。こんな鮮明な色彩変異が植物の生き残り戦略と実は関係がないというのが逆になんとも面白くて、進化の中立説ってこういうことかぁ、と思ったり。なんにしてもマウガニーを育てるなら「PV201」がいちばん面白いですね。

SB802(Smorenskadu)

(Witsand)

ssp.armeniacum (Maerpoort)

PV201 ready to sleep
マウガニーには、赤くならない緑の個体だけのコロニーもあるし、赤ばっかりのコロニーもあります。そして同じ赤でも色彩はさまざまです。写真上のどす黒く赤いのは「SB802」で、Smorenskadu産。私の経験ではこのナンバーは色の濃淡こそあるものの、ほぼすべて赤くなり、こんなふうにどす黒く染まるものもあります。その下の写真はWitsand産のタイプで、古くから赤くなるマウガニーとして知られていますが、こんな感じの穏やかな赤になる個体の方が多い。さらに下は亜種のアルメニアクムでMaerpoort産。ちょっと前に写した写真なのでいまはもっと色が濃くなっていますが、真っ赤というより熟した柿のような色です。いちばん下は、ふたたび「PV201」で、陽ざしのごく強い場所にあったので、すでに休眠入りしつつあります。梅干しみたいに縮んで桜の咲くころには地面の下に潜ってしまう。この生態もマウガニーの面白いところです。

好きな植物なので、なんどか記事にしてますが、このブログの過去エントリーにも詳しく書いています。興味を持たれた方はぜひ読んでみてください。花の写真も載っています。来年の秋、ぜひ種子を蒔いてみてください。成長は遅くないので、2~3年で花も咲くサイズに育って、色彩の妙を楽しませてくれると思います。
テーマ : サボテン・多肉植物・観葉植物
ジャンル : 趣味・実用
湖畔の栽培場と「シャボテン新図鑑」

おかげさまで重版となりました
去年出版した「シャボテン新図鑑」、おかげさまで1月に重版となりました。ことしはまた別の本を作ろうと苦闘しています。昨今の植物ブーム拡大のなかで、私がこれまで楽しませてもらった経験と知識を少しでも還元できればと思っています。


琵琶湖の畔、無人駅で自転車を借りて・・・
で、話は飛んで先月のこと。関西に用事があったあとの週末、琵琶湖のほとりに長いこと行ってみたかったサボテン屋さんを訪ねました。新幹線から1時間に1本の在来線を乗り継いで、ひなびた無人駅でレンタサイクルを借り、ちょっとだけ湖を眺めてからキコキコ漕いでハウスの立ち並ぶ園へ。



「廣仙園」さんの圃場。大量の実生苗が圧巻で、1000種近くあるという
廣仙園さんといえば、サボテンの数多くの種を実生していることで有名です。いわゆる園芸的な人気種に留まらず、フィールドナンバーのついた原種も多数育成しています。園主の中川さんによれば、1000種近くあるのではないかとのこと。最近は専門業者といっても、海外から輸入した山木や、愛好家から仕入れた標本を右から左へ捌く店が増えましたが、生産園ならばハウスも広大でラインアップも幅広いし、仕入れの目も確かなので外から入ってきた苗もいいものが多い。さらに、最近はネットオークションだけでなく、実店舗の業者さんでも、植物の種名のラベルが不正確なことが多く、SNSなどでは間違った名前が拡散され、そっちが通り名になっているケースさえあります。これは、商品を扱う業者さんにプロとしての鑑定眼がなかったり、正しいかどうか調べてみようというマインドさえないことに起因します。人気のコピアポアやエリオシケなど、輸入種子のラベルミスは珍しいことではありませんが、それがそのまま市場に流れ、間違った名札の植物があちこちで売られています。そうした意味でも、経験豊富で知識の深い業者さんから、“間違いのない植物”を購入するのが賢明だと思います。あとになって名札違いがわかると本当にガッカリですからね。

ギムノカリキウムやエリオシケなど南米ものも充実

エキノケレウスの実生群像。本属の魅力をもっと知ってほしい

塊茎多肉植物の地植え温室

観峯玉(Fouquieria columnaris)も地植えで極太に
かつては盛んにウェブ通販も行っていた廣仙園さんですが、いまはリストの更新ペースはゆっくりになっているようです。一方で昨今の爆発的な沙漠植物ブームで若い世代の愛好家もたくさん訪れ、いわゆる人気種はすぐになくなってしまうとのこと。コピアポアの標本はカキ仔までもっていかれるそうです。でもここの園を訪れる楽しみは、誰でも知ってるSNSの人気者をさらっていくことじゃなくて、人気のほども値段もわからない初めて見る植物のなかから、自分の感性で「これいいじゃん!」を見つけることです。エキノケレウスの実生苗がこんなにズラリと並んでいる場所は日本中探してもそんなにない。写真を撮り忘れましたが、エリオシケはじめ南米ものも幅広く揃っていました。

バハ原産、金刺最美の「黄金冠(Ferocactus viridescens 'littoralis')」実生。これを買いました


第2版では、ちょっとだけ分類を更新
ところで、増刷した「シャボテン新図鑑」ですが、第2版でちょっとだけ変えた点があります。本を出した後も日進月歩で変化する分類トレンドを反映して、レブチア属として紹介した一部をアイロステラ属に移しました。ほかにも解説文などちょびっとだけ加筆しました。この本はいわゆる人気種も紹介していますが、レブチアのような南米野草サボテンなど、マイナーな原種も幅広く紹介しています。出版後「この本に載っているようなサボテンはどこで手に入りますか?」「いわゆる人気種じゃないものも扱っている業者さんはありますか?」といったお訊ねを何人もの方から頂きましたが、答えのひとつがこの廣仙園さんかなと思います。中川さんが、自分の好きなサボテンを“世間”に縛られず思いのまま蒔き育てている圃場は、ずっとそこにいたくなるような素敵な場所でした。
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知らないメセンを探しています。

Fenestraria rhopalophylla ssp. aurantiaca
秋から春の、大半のサボテン・多肉植物が休む季節に、楽しませてくれるメセンたち。週末ごとに何かしら咲いています。まもなく今シーズン最強の寒波が来るというのに、瑞々しく葉を光らせ、色とりどりの花をつける姿を少しだけ紹介します。上の写真は、皆さんもたぶんよくご存じの五十鈴玉(Fenestraria rhopalophylla ssp. aurantiaca)です。吸い込まれそうな透明な窓は見飽きることがなく、個人的には好きな多肉ベスト10に入る素晴らしい植物だと思っています。

Monilaria chrysoleuca 'salmonea'
モニラリアは小さいながら幹立ちするメセンとして、また出たばかりの一対の葉が兎の耳のように見えることなどから、最近人気があるみたいです。この株はクリソレウカ(Monilaria chrysoleuca)のサルモネア(f.salmonea)と呼ばれるタイプで、花がすこしオレンジがかっています。成長はとても遅くて、写真の下の方には節くれだった幹があるのですが、一年にひと節しか伸びないので標本育成には時間がかかります。この株でも播種から20年以上。

Gibbaeum dispar M.1510 Vanwyksdorp
これもわりと人気があると思います。ギバエウム属のディスパー(Gibbaeum dispar)、無比玉の日本名で呼ばれることも多い。多肉度の高い葉は磁器のようなテクスチャで、花もよく咲いて美しい。茎が伸びるので盆栽風に仕立てることもでき、秋冬型コーデックスとして扱われることもあります。ただ、この属には20種ほどがあるのですが、一般に見かけるのは本種を含めて5、6種といったところでしょうか。

Glottiphyllum muirii(depressum) SB655 Springfontein
眩しく輝く大輪の花をさかせているのはグロッチフィルム。肉厚の葉はテカテカに光っていてゴムのように弾力があります。メサのSB655で、ムイリー(Glottiphyllum muirii)として頒布されているものですが、ムイリーはいまはデプレッスム(G.depressum)に統合されています。この株も古いので、葉の脱落したあとの茎が長く這い、塊茎植物の雰囲気も出ています。この属には魅力的な種がたくさんあるのですが、恐ろしく丈夫なせいか駄もの扱いされるようで、あまり見かけなくなりました。

Mesembryanthemum tenuiflorum=Sphalmanthus tenuiflorus M.1861.123 Quaggaskop
ふわふわと儚げな花を咲かせるのは塊茎メセンの代表種テヌイフロルス(Mesembryanthemum tenuiflorum)。ゴツゴツした塊茎はなかば地上に出ているのでコーデックスと呼んでもおかしくありません。その不整形な塊茎から海の生き物みたいなムニョムニョした葉を伸ばすかなり珍奇な姿の植物。かつてはスファルマンサス属(Sphalmanthus)でしたが、その後フィロボルス属(Phyllobolus)に移され、いまはメセンブリアンテマ属(Mesembryanthemum)と分類が変遷しました。挿し木や株分けが難しいのであまり普及していません。

Delosperma crassum SB995 Strandfontein
最後は思いっきり雑草っぽいメセン。デロスペルマのクラッスム(Delosperma crassum)です。メサのSB995。デロスペルマと言えば、花ものメセンの代表なので、鮮やかな色彩のグラウンドカバー的な植物を思い浮かべる人が多いと思いますが、この花を見てください。1㎝くらいしかない、色あせた黄色い花をぽつりぽつりと咲かせるだけです。そのかわりと言ってはなんですが、枯れ枝のような茎に灌木的な魅力がないこともない。めちゃ味わい深いし、私は大好きですが、決定的に地味です。育てる人は少なかろう。
さて、こんな話をするにはわけがあって、じつは去年の秋にメセン科植物の図譜を出版するつもりだったのですが、「シャボテン新図鑑」のあとにもう一冊「Habitat Style」も出したこともあって延期になりました。先のばしにしたのはもう一つ理由があり、まだ写真が足りないということ。コノフィツムやリトープスなどは人気があり、育てる人も多いですが、今回紹介したような属の植物や、さらにマイナーな属のメセンは、育てる人も少なくてなかなか見つからないのです。
しかし、せっかく図鑑を出すなら、読者の多くが知っている種を載せるだけでなく、へぇ、こんな植物があったんだ、と思って貰える種も紹介したいと考えています。私も育てたことがなくて、知らないメセンがきっとたくさんあるので、そういう植物こそ掲載したいのです。なので、人知れずこんな色々育てています、みたいな“草ものメセン”のコレクターの方がいらっしゃったら、是非お声がけください。撮影は来シーズン、つぎの秋ですね。
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